京都大学サマーデザインスクールに参加したら実質上のインターンだった

まとめ

京都大学サマーデザインスクール2018に参加しました。フレームワークや発想手法を使ったアイデア立案をしたりできると期待していて、実際それはある程度達成できたんですが、テーマの制約がシビアだったので自由な発想の余地がそれほどなく、そういう意味ではあまり面白くなかったです。言い方を換えれば企業のインターンシップみたいな内容だったので、業界研究としていい勉強にはなりました。

参加する前

京都大学サマーデザインスクール(以下sds)は数年前からポスターを見るたび参加してみたいと思っていて、でも申込しようか迷っていると定員がすぐに埋まって締め切られてしまうといった様子だったのだけど、大学にいるのも今年が最後と思って残りの一枠に申込したところ、予算が決まっているプログラムとしてはこちらも今年が最後だったとのこと。

残りの一枠というのは鉄道車両のメンテナンスというキラキラ大学生とはかけ離れたテーマで、チームメンバーになった学生も工学部や工学研究科の所属だった。自分はアルバイトでWebサービスの運営管理に近いことをやっているのでソフトに限らずハードの保守やメンテナンスにも関心があったことと、デザイン手法を使って新しいものを作り上げようといった趣旨ではなくフレームワークを利用して問題解決しようという目的がはっきりしたテーマだったことから、こちらを選んだのは妥当な選択だった。車両所見学ができるのも自分にとってアピールポイントだった。

一日目

初日は午前中に問題解決手法についてのちょっとしたレクチャーがあり、午後からは吹田に移動して社員の方と車両所を見学した。手法はTRIZ(トリーズ)というもので、ソ連の工学者が過去の発明や開発の事例を調査分類して、一連の解決手法として構成したもの。なかでも「40の発明原理」というのがいかにも工学然としていて、また参考書籍がこれらをうまくデザインしていて興味を惹かれた。

トリーズ(TRIZ)の発明原理40
 

 午後からの車両所見学のために、吹田まで電車で移動する。鉄道会社はインターンとかでも交通費出してくれるといったことは基本ないらしく、我々の移動費用も自費なら社員の人も自腹で切符を買っていた。最寄りの駅に到着し、しばらく線路沿いに歩いたら大きな敷地の車両所がある。

車両所ではブルーカラーの服装をした作業員が所内の説明をしてくれたり、作業風景を見せてくれたりした。僕は電車が特に好きというわけではないが、工場は好きなので巨大な構造物を見てテンションが上がっていた。作業は機械化ができないために作業員が人力でやっており大変そうだった。所内は案の定男しかいない世界だと思っていたら帰り際に職員室の入り口で美人を見かけたので趣を感じた。

二日目

二日目は午前中にとりあえず付箋に現状の問題点やその対策などを書き出して整理するという作業をやった。似たような作業をどこもやっていたがこれはKJ法という理解で会っていると思っていて、一度ちゃんとやる必要があると感じていたので今回これができて良かった。一般に人は個々の相関関係を見つけ出すといった操作は積極的にするけれども、それらをまとめ上げた上位カテゴリに名前をつけるということはあんまりできないと思っていて、自分が率先してそれらに名前を与えていたら他のメンバーが語りの中にその名前を早速採用するので面白かった。考えに取っ手をつけるとはまさしくこのことだなと思った。

 

f:id:silloi:20180915183130j:plain

さて、そうしてひとまずはまとまりを見せた概念図を午後からフレームワークである因果関係の図式に落としこもうとしたところで、新たに社員がもう一人来て概念図の要素にケチをつけていきメチャクチャになった。一日見学しただけの我々より現場に詳しいのは分かるしツッコミどころが多いのも理解できるが、ある程度方向づけられていた議論に水を差されたのみならず午前中の成果が役に立たないような形でまた同じ作業をやり直す羽目になったという気持ちが生まれ、内心憤りを感じた。だいいち学生主体のイベントなのだからそこは距離を置いていてほしいし、企業でもこういう風に上の立場の者が横槍を入れてくるという形でプロセスがダメになるということは往往にしてあるのだろうなと思われた。対してもう一人の社員の方は適度な距離を保っており好印象だった。

f:id:silloi:20180915183208j:plain

時間は掛かったがとりあえず因果関係の図式はそれなりに形になり、それらから導き出される発想原理に従っていくつかのアイデアが出された。それらの評価までやって、資料は翌日作ろうということになった。図表資料のクオリティを他のメンバーに期待できないと思ったので夜のうちにPowerPointで作成しようかとも思ったが、読書会から帰ってくると疲れてそのまま寝てしまった。

f:id:silloi:20180915185209j:plain

三日目

最終日は午前中のうちにポスター発表の準備をして、午後にその発表会をするというスケジュールだった。資料作成はいちおう役割分担するけどそれほどうまくいくはずもなく、デザインも統一する余裕がなかったのはもちろんのこと作業の早いメンバーが独自規格を採用しだしたりして案の定まとまりのないものになった(洗い出しの時にも規格が統一されていないことが問題の一要因という話をしていたのでは)。とにかく時間までに模造紙に貼るスライドを印刷し、それなりに配置して準備が終わった。

f:id:silloi:20180915185800j:plain

口頭での発表は詳しくはポスターを見よって感じで適当に流して、ポスター発表のセッションでは前半は鉄道オタクのメンバーがいい感じに回してくれたらしい。その間自分は他のポスターを見て回ったり知人友人と会話したりした。実は一日目には桂行きのバスの中で中国・西安への海外派遣で一緒だった参加者の友人と、二日目にはその晩の読書会で一緒の知人と、三日目には大学院に入学した際の生協イベント後に教授のもと一緒に飲んだ知人などと再会するといったイベントがあり、改めて人間の関心が似通うことの奇妙さを感じていた。テーマは協賛企業の色合いが強く出ていて、電通の「たしなみ」や「おもてなし」に対し博報堂が「恋に落ちる」ことをテーマにしていたので、「たしなみって女子高や女子大の規範的な教育内容として生まれた性差別的な概念だということは知っていますか」みたいなイケズなコメントをしたりしていた。概してやはり実現可能性はともかくアイデアというかデザインを提案していこうみたいなスタンスの発表が多く、ただもう現実に即した解決法を示した我々のポスター発表は際立っていたと思う。三菱電機の人工太陽がエネルギーの根源となった世界みたいなのがSFっぽくて面白かった。後半は替わって発表を担当したけど大勢に説明するよりは一人二人と対話するといった感じでできて良かった。コーヒーブレイクに阿闍梨餅が出てきて嬉しかったが、コーヒーを飲みすぎて気持ち悪くなった。

それが終わるとリフレクションの時間があり、いろいろと思うところを書いたが意見共有の機会はなかった。そのあと結果発表があり三位以上のテーマが発表され、いずれも自分は関心なくて聞いていない発表のものだった。一位になったのは不便益の研究で有名な教授のところで出来レースだなと思った。

f:id:silloi:20180915185915j:plain

閉会の後には懇親会があり、酒と料理を口にすることができる。ちゃんとした洋食が出てくるなあと思ったら数年前に閉店し十月に再開するという「まどい」による出店だった。あんまり食べたつもりも飲んだつもりもないが、いろいろと疲れが溜まっていたのか途中から食欲がなくなってきた。発表が聞けなかったメンバーに関心あるテーマの参加学生を引き合わせたりしていると、その者同士が実は知り合いだったみたいな出来事があり世間は狭いなと思った。

帰りは連絡バスが途絶えていたため、電車とバスを乗り継いで帰った。

振り返り

サマーデザインスクールという名前がついているが、少なくとも実施者や協賛者として企業がそれぞれついているテーマに関しては、デザイン手法といってもせいぜい発想法とかフレームワーク使ったりするくらいで、あんまりデザイン(設計)みたいなところまで十分にできているチームは多くなかった気がする。せいぜい自分のチームのようにいくつか打ち手の立案をするか、問題の整理どまりではなかったのだろうか。それは三日間といえども準備時間を除けば実質二日間で現状分析から概念整理して解決策をパッケージとしてまとめるのがいかに難しいかということでもある。自分は最初からそうだと思っていたが結果的にはプレゼンテーションが上手いチームが成果を収めるということになるのである。

ところで二日目に読書会が一緒の知人とバスを待っている間しゃべっていたのだが、僕はチームワークしんどくて一人で作業やった方がずっといいみたいな話をすると、自分はチームワークをするのが楽しいみたいなことを言っていて、そっちが一般的な感想なのだろうかなと思った。多少ともチームをまとめようとするなら、それがいかにコストのかかることか理解されると思うのだけど。またチームメンバーの院生の彼が社員の人に詰められていて、かわいそうだと思って休憩時間に労うような声をかけたところ、自分の考えがまだまだ及ばないとかめっちゃ謙虚なこと言ってて真面目だなあと思った。そりゃまあ工学徒は真面目でないととてもじゃないがやってられないよな。

そんな感じで、手を動かして問題を考えたり、人間としゃべったりすることができ田という点では参加して良かったなと思います。でも今の自分にはもっとやるべきことがあったよな、とかえって奮起せられました。

言葉が通じないと安心する ~2018.8 韓国旅行

あらすじ

8月15日から18日まで友人と韓国に行きました。ソウルの弘大で2泊、釜山の海雲台で1泊しました。ソウルではいつもの江北に加え、江南の中心地も回りました。釜山では南浦洞・チャガルチ市場を巡り、海雲台の海岸沿いを満喫しました。

各種思い出

ホテル

いつも一人で旅する時はホテルを取らずにサウナに泊まるのだけど、今回は同行者がちゃんとしたホテルに泊まりたいとのことだったのでホテルを取りました。海外ではホテルは人数当たりではなく部屋料金なので、2人だとホテルに安く泊まれます。ソウルだと12000円くらい、釜山では安いものだと2人で5000円以下とかで泊まれます。1、2泊目は弘大のホテルを取りましたが、クラブなどがある通りの裏にあり、終電を気にせず街で遊べて非常に便利でした。

釜山では海雲台東横インに泊まりましたが、これも大通りから歩いて帰れる距離で、後にパブで泥酔することを考えるとかなり助かりました。一枚しかないカードキーを挿さないと電気が点かないのは、2人で泊まる上では困りました。

両替

これもいつもは飛行機で両替していたのだけど、調べてみると明洞で替える方が1割くらいレートが良いことを知ったので、空港からホテルを経由して明洞までなんとか手持ちのウォンで行くつもりでいました。しかしクレカでの購入を当てにしていたコンビニが空港になく、現金のみの自動販売機しかなかったため、仕方なく自分の2000円を替えてもらって同行者の交通費に充てました。レートは100円あたり940.0ウォンでした。後に明洞のセブンイレブンで自分は4万円を両替しましたが、レートは1014.0だったので確かに3000円近く変わってきますね。パスポートも不要で便利でしたが、一万円単位でないとより低いレートで両替されるようでした。

ソナギ(通り雨)

ホテルのある弘大入口から明洞に着いて地上に出ると、まさかの通り雨が降っていた。天気予報では晴れと曇りだったので傘は持ってきていなかった。再び地下に戻り、露店のおばちゃんから折り畳み傘をさっき替えてもらった残りの5000ウォンで買う。2人で1つの傘に入ったので両方とも少し濡れてしまった。ところで韓国語には通り雨を意味するソナギ(소나기)という美しい言葉があり、小説や映画、多くの歌謡曲のタイトルになっています。なかでもパク・ジョンヒョンとIOIの曲が私は好きです。


박정현(Lena Park) - 소나기.wmv


[MV] I.O.I(아이오아이) _ DOWNPOUR(소나기)

クラブ

クラブは半年前ソウル行った時に弘大のnb2とM2に初めて行ったんですが、今回も同行者を連れてM2で一時間半くらい揺れていました。nb2はヒップホップ系で客層もフード被ってたりして女子も男子もサブカル/オタク要素が感じられて僕は好きなのですが、エレクトロ系のM2も女の子の露出が多くてポールの近くで踊りだしたりするのが見れて良いです。それにしても韓国女子は脚長い人が多いですね。料理も日本と同じ値段で1.5倍くらいの量来るのにあの体型維持できるのすごい。

鍾路

鍾路は来るたびに毎回通ってるんですが、かの独立宣言が読み上げられたというタプコル公園の裏通りが老婆の売春地帯になっているという情報を踏まえると、年寄りばかりの貧困地帯として味わいが一層深くなりますね。今回は有名なユジン食堂で冷麺を注文して食べました。11時に開店してすぐに入りましたが、狭い店内はすぐいっぱいになりました。水冷麺は出汁が効いていて特に美味しかったです。隣の席では中年男性三人が焼酎を飲みながらおしゃべりしていましたが、外では年老いた男性たちが椅子なり地面なりに座って焼酎を飲んでいます。場末という感じです。

カジノ

カジノは以前会賢のセブンラックカジノに行った時に1000円だか3000円だか負けてきたのですが、今回はなんと3000円が7500円に化けました。ルーレットしかやっていないのですが、デジタルサイネージの当たった番号を見ながらまた当たりそうな番号二つ跨いでコイン置いたら一発で当たり、1枚が16倍になって返ってきたので最初の枚数をすでに超えてしまいました。この時点で「当たる番号は当たる」という仮説を確かめ、同じやり方で一時はコインを15000円相当にまで増やしました。しかし数度のルーレット回す人(何て言うのか知らない)の交代を経て、最後にあと一回当たったら退こうと思っていたのがなかなか当たりません。最後にそれまで全く当たっていなかった番号が当たるようになったのを見て、これはもうダメだと思いコインを換金してもらいました。それでも元手が倍以上に増えたので、どれだけ遊べるかと思っていた自分としてはは嬉しい誤算でしたが、そのぶん心がすり減りました。

KTX

先日の韓国旅行では結局平昌・江陵まで行かなかったので、KTXに乗るのは今回が初めてです。乗車時間は3時間弱とのことでしたが、ヤンニョムチキン一箱食ってたりしてたら意外と早く着きました。6000円足らずの代金はカウンターで支払い乗車券代わりのレシートを受け取ったのですが、特に確認されることもなく下車して終わりました。ガバガバやんけ。

地下鉄

釜山に来たのは初めてだったので、地下鉄も今回初めて乗りました。まずT-moneyカードが使えず、再びあのクソ扱いにくい自動券売機で切符を買うことに。5000ウォンの一日乗車券を2枚買おうとしたら1000ウォン札しか受け付けず、手元に1000ウォン札9枚しかない。改めて普通の切符を買おうとするも機械の認識が悪くて何度も返却される。そのうち観光客でやはり困ってる西洋人からも助けを求められ、こっちも困っとるんじゃと思いつつ計3人分の切符を買いました。駅名を見てるとやはり楽しくて、伽倻という名前が残っていたり、モッコルという明らかに固有語っぽい地名があったり(コルは谷だろうが)、チャガルチという駅名には札嘎其という難しい感じが当てられていたりしました。4日目は後述する二日酔い状態で死にそうな顔をしながら地下鉄に乗ることになるのですが、そしたら座席に座っていたおばあさん達が察した顔でこちらを見ていて、自分が飲みすぎて気持ち悪いというジェスチャーをすると笑ってくれたのでやさしい気持ちになりました。

海雲台

釜山は西面や南浦洞・チャガルチといった繁華街があるのですが、一つ書くとすればもう海雲台がリゾート地としてすごく良くて、ここにホテル取って正解だなと思いました。ここに着いた時にはもう暗くなりかけていたのですが、駅から出ると海の方へと大通りが伸びていて、その両側には飲み屋やおみやげ屋、道中には噴水などもあり、広い歩道では大道芸もやっていて、昔ハワイへ旅行に行った時のことを思い出しました。

大通りの脇道にある屋台や食堂でも食事したかったのですが、時間も時間なのでホテルにチェックインしてから、来る時に見たいい感じのパブに行きました。Cocky Pubという名前で、飲み放題のアルコールはショットやカクテルなど種類が増えると料金が上がる仕組みでした。一階はすでに激混みでしたが二階に上がるといい感じの照明とDJをやっていて、メチャクチャ最高の気分になりました。またそこで少し日本語喋れる青年とか、ゴツいカメラを持った金髪の韓国女子と日本語やら英語やら韓国語で色々おしゃべりできてとても楽しかったです。

この時点でそれまで飲んでいたアルコールが一気に来たのか以後の記憶がなく、ホテルのトイレで暗い中うずくまっていたかすかな記憶を除いて、ホテルまで帰ってきた覚えも全くないまま、気が付いたらベッドの上でチェックインの時刻を迎えていました。何もかもわからないが、とにかく酒で最悪なことになったのは間違いないらしかった。携帯もみつからなくて、とりあえずホテルのカウンターでその件伝えてビーチまで来て、とりあえずパラソルの下で横になりながら、なくした携帯のことばかりずっと考えていました。普通に二日酔いしていたので海にも入りませんでした。同行人が無情にも早く南浦に行きたいというので、惜しみつつ海雲台を去る前に昨日のパブに行ってみたら掃除中で、昨晩携帯を落としたんですけど、とダメ元で聞いてみたらまさに自分のGalaxy S7が出てきて本当に助かった思いがしました。二日酔いはその後もしばらく続き、金海空港で冷麺を食べた際ようやく治りました。

帰りの飛行機

帰りは金海空港からチェジュ航空で3席列の座席だったんですが、左隣に後から座ってきた青年が友人に似てるなと思ったらまさかのその友人でした。お互いに韓国来ていることも知らず、座席が隣同士になるってどんな偶然や。相手もこのことを知って怖いと言っていました。

写真

実は韓国来る前に神戸に戻る際に大学の近くに自転車を停めた時にデジタル一眼レフのカメラを置いてきてしまい、当地ではスマートフォンで撮。るしかありませんでした。これはとても心残りでしたが、荷物がその分軽くなったのは助かりました。

言葉が通じないと安心する

タイトルの一節ですが、少し語弊があるかもしれません。言葉が思った通りには通じないとしても仕方がない、と想定している相手と話すのはとても気楽なのです。なまじ母国が同じ者同士だと、言葉はそのまま完全に通じるものと高をくくられます。そのような傲慢を前に、言葉の正確性を期するのはとても苦労のいることです。それに対して相手が異国の人とわかれば、人はその程度の言語レベルでコミュニケーションしてくれます。このような人との距離感を取り戻しに行くために、私はしばしば海外へ旅行に出かけているような気がします。

そして絶対に言い残しておきたいこと

今朝届いた新MacBook Proで一日じゅう環境構築していた

MacBook Pro到着です!!!!!

地ならし

初期設定

キーボード配列を聞かれて、迷ったが日本語を選択したところそれでよかった。

画面に保護シールを貼る

途中でTouch IDの登録を求められたので、先にタッチバーと画面に保護シール貼ろうと思って、サイズを確認して丁寧にやったところ綺麗に貼れた。Touch IDの部分はシール関係なかった。

Karabinerをインストール

USキーボードにしたので、左commandキーで英字、右commandキーでかな入力ができるように、こことかを参考に、ここからパッケージをダウンロードし、ここから「For Japanese (日本語環境向けの設定) (rev 3)」をインポートして「Complex Modifications」で当該設定を加えた。

Chromeをインストール

Googleで検索するとApp Storeの方が先に出てくるが、公式ページを表示してMac用のパッケージをダウンロード後、インストール。すぐにGoogleアカウントにログインすると、URLなどの情報が別のPCから引き継がれている。

Webサービスをブックマーク/にログイン

しかしブックマークの引き継ぎ方はわからなかったので(それもそのはずで、自分は今までWindowsではFirefoxを利用していたのだった)、利用していたサービスを逐一検索してログインしようとしたら、アカウント情報がオートフィルされていて速攻でログインできた。これにはびっくり。とりあえず、GitHubはてな、全学生共通ポータル、Slack、ニコニコ動画SoundCloud、KMC、Amazon、Vpass、Wantedly、Progate、Kibela、noteなど思いつく限り。

Firefoxをインストール

Webブラウザ検証用に使うかもなので一応インストール。

ターミナルをDockに登録

ターミナルが見つからなかっあcたのでFinderで検索してDockerに登録。

起動してみたら `(苗字)noMacBook-puro:~ silloi$ `とメッチャダサい表示が出ていたので、システム環境設定の「共有」から変更。

LINEをインストール

文書の引き継ぎに必要だったので。

機械学習開発環境

Anacondaをインストール

データサイエンス向けのPythonのパッケージ。機械学習について勉強しようと思っており、書籍やサイト等でこちらを推奨されているため。ここからダウンロードし、インストール。

VSCodeをインストール

その流れでVisual Studio Codeも一緒にインストール。

Xcodeをインストール

こっちを先にすべきだったんだけど、Rubyをrbenv使って入れたい。そのためにhomebrew入れておこうと思い、それを入れるにはまずXcodeを入れないといけないらしい。ということでXcodeをAppstoreからインストールする。22分くらいかかると言われて待つ。

homebrewをインストール

ここなど参照。

qiita.com

Anacondaをアンインストール

`brew doctor` したらconfigが外部にあると言って怒られたので、アンインストールしようとしたらめっちゃ面倒臭かった。ここを参照して消した。

ai-coordinator.jp

pyenvでPythonおよびAnacondaをインストール

ここ見てanaconda3-5.2.0 をインストールした。

qiita.com

Ruby on Rails開発環境

rbenvでRubyをインストール

ここ見た。

qiita.com

version 2.5.1をインストール。

 Bundlerをインストール

後はこことか見ていた。

qiita.com

Railsを実装

version 5.2.0 が実装できました。お疲れ様でした。

と思われたが

>||

Rails is not currently installed on this system. To get the latest version, simply type:

    $ sudo gem install rails

You can then rerun your "rails" command.

||<

えーなんで…

調べてみるとPATHがちゃんと通っていないことが原因っぽかったので、.bash_profileに手直しをする。

>||

export PATH="~/.rbenv/shims:/usr/local/bin:$PATH"

if which rbenv > /dev/null; then eval "$(rbenv init -)"; fi

eval "$(rbenv init -)"

||<

これでできるようにな…らないかと思ったけどcdしてなかっただけでちゃんと動きました。よかったね。

GitHubの引き継ぎ

ここなど参照。

mtntmyk.hatenablog.com

git のバージョンは2.15.2で最新っぽかった。

SSH接続について、前のパソコンで一回作ったよな、あれの引き継ぎどうなるんだろう、とわからなくなってきてとりあえずここの説明通りにやってみる。

qiita.com

引き継げればいいっぽいのでこれを参考にしてコピーする。

コピーするのにメディアがないので圧縮してクラウドに投げたり一生懸命やった。

webdev.jp.net

>||

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

@         WARNING: UNPROTECTED PRIVATE KEY FILE!          @

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

||<

あああ。もうダメD助けてくれ

追記:もう一回次のコマンド叩いたらpushいけました。

>||

chmod 600 ~/.ssh/id_rsa

||<

後でhistory確認したら`chmod`を`cdmod`と入力していました。はい。

ところでスーパーpre記法なんでちゃんと表示されないんですかね…

MacBook Pro を購入したので歴代PCを振り返った

新しい13インチMacBook Proを購入しました。

Macを買う必要はもうずっと長いこと感じていて、しかしスペックをどれくらい積むかが判断できず決めあぐねていたのですが、今回バイト先の先輩プログラマー方の推薦やお墨付きを得て、本日ついに上記モデルで注文する運びとなりました。一週間ほどで自宅に届くようです。

さて、Macは今のバイト先で業務のために使うようになり、かれこれ利用し始めて二年近くになるのですが、それまでは小学生の時に初めてパソコンを触って以来、ほとんど使用したことがありませんでした。家のパソコンのOSはずっとWindowsだし、携帯電話もスマートフォンです。「マカー」なる概念を知って以来、Macにはマニアックでとっつきにくいイメージがずっとあり、熱心な信者に抵抗を感じてApple製品を敬遠していたほどだったのですが、今回の購入を契機に情報まわりの環境がまるっと入れ替わるということがひょっとすると起こるかもしれないので、私がかつて使用していたWindows機たちを記録しておこうと思います。

一代目:NEC Lavie PC-9821 / Win95(2002年~2003年)

muraoka.ocnk.netおそらくこのモデルだと思います。黒のガワでグレーのキーボード、高さもこれくらい分厚かった記憶があります。

父が仕事で使用していたパソコンのお下がりで、小学4年生の時から使用するようになりました。フロッピードライブはもちろんのこと、PCカードを差し込む端子があり、そこにeo64エアという無線データ通信サービスの端末を挿してインターネットに接続していました。利用を開始してすぐに、おもしろFLASH動画から当時の「2ちゃんねる」にたどり着き、ゲーム攻略掲示板に家族の情報を書いたり、AA板でコテハンを名乗ったりするようになったりしました。また当時、ブラクラともウィルスともつかない謎のURLを踏みまくっていたので、何やかんやあって最終的に起動不能になったような気がします。

二代目:NEC Lavie NX LW23C / Win98(2003年~2005年)

aucview.aucfan.comこれはもっと記憶が曖昧ですが、ガワもキーボードも黒一色のモデルだったと思います。父が亡くなったので、我々家族が使用するようになりました。といっても当時すでに家の中でパソコンを使いこなせるのは自分ひとりしかいなかったので、私が好き勝手利用していたのではありますが。家族旅行などの写真が入っていたはずですが、おそらくもう救出不可能だろうとか言いながら現在に至ります。

三代目:富士通 FMV-BIBLO NEシリーズ / Win98SE(2005年~2007年)

diaryonweekend.seesaa.netこのモデルではない気がします、ホイールパッドは確か円形でした。しかし手前のスピーカー部がなめらかになっている部分はこんな感じだったので、恐らくFMVのBIBLOシリーズではあったのだろうなと思います。

これも伯母から譲り受けたパソコンで、それなりに長い間使用していた記憶があります。妹もペイントで絵を描いたりして、それぞれが集めた画像ファイルが入ったフォルダがデスクトップにある映像が脳裏に浮かびます。こちらは最後まで使えなくなることはありませんでしたが、末期には画面の発色もおかしくなり、かなりギリギリな状況まで来ていました。

四代目:NEC VALUESTAR S VS570J/G / WinVista(2007年~2011年)

kakaku.comこれは多感な時期を過ごした中で最もよく利用し、それゆえ最もその性能を恨んだ機種でもあります。家電量販店にパソコンを見に行き、いま一番新しいWindowsのOSであるWindows Vistaの製品で、今までずっとノートPCだったが今回はデスクトップPCをということで、なんと地デジ受信機能もついているこちらを購入したのですが、蓋を開けてみればCPUはCeleron Mだし、テレビまわりのシステムは標準ソフトウェアと噛み合ってないし、Vistaだし、チャンネル更新のため勝手に起動して夜中とかうるさいしで、なかなか癖のあるマシンでした。とはいえ文句を言いながらも五年以上の長きにわたり、ニュー速VIPでホームページ作る企画やったり、ふたば☆ちゃんねるで二次エロ画像を大量に収集したり、とにかく思い入れのあるパソコンではあります。今でも起動すると思いますが、デスクトップ表示するまでにも6,7分とかかかるので、データをサルベージしてからは全く触っていません。

五代目:東芝 dynabook Satellite K20 / WinXP(2010~2012年)

kakaku.com仙台のVALUESTARがあんまり重いということで、もうちょっとマシなマシンが中古で買えるんじゃないかということで、ソフマップで当時まだ評判の良かったWindows XPのノートパソコンを購入しました。こいつはそれなりに軽快に動いて、持ち運びこそしないものの炬燵の上に置かれており、冬はぬくぬくとネットサーフィンができるので良い思い出があります。

六代目:NEC LaVie S LS550 / Win7(2012年)

kakaku.comこれのワインレッドのモデルでした。

大学入学と京都での下宿が決まり、新しくパソコンを買う必要がでてきたところで、大学生協が推すLet'snoteが19万9800円もして高すぎやろということで、やはり家電量販店に行って「とりあえず」選んできた、Core i5のノートPC。持ち運ぶことそんなにないだろうと思っていたが、何度か持ち運ぶうちにやっぱり重いしデカいなということになり、当初の予定通りこちらは実家用に送り返すこととなったのでした。

七代目:Panasonic Let'snote CF-SX / Win7(2012年~2017年)

www.be-stock.comなんかSX2ばっか出てくるんですけどSXの方です。

大学生協のPCコーナー見てたら案の定、春に買い渋ったLet'snoteが激しく寝落ちしていて、7月くらいに12万9800円になったところで現金持って購入。秋には結局9万9800円くらいまで下がってた気がします。このノートPCはあっけにとられるほど軽くて、めちゃくちゃ取り回しが良かったので、趣味勉学ともにフル活用しました。特に夜中、布団に横になりながらPCできるのは最高の体験でした(当時まだスマートフォンを持っていなかった)。それが2016年の冬、前年の秋にスマートフォンの画面を割って代わりにパソコンを手でつかんで持ち運ぶことも多くなった頃、岡山のネカフェに泊まってTweetDeckを見ていたところ手元のコーンスープをキーボードの上にこぼしてしまい、一時危機的な状況に陥ります。家に帰ってレッツノートを分解し、キーボード部分のみ注文して交換することで、DVDドライブが使えなくなった以外はほとんど元通りになったのも束の間、その二日後に家の中で落として液晶画面を破損。こちらは交換するにもパーツ代が3万超えとバカにならないため、以後はテレビ画面につないで利用という情けない状態で一年以上過ごしました。

八代目:SONY VAIO Duo 13 / Win8(2017年~現在)

kakaku.comそんな話をバイト先でしていたら、サークルの先輩であり自分を今のバイト先に引き入れてくれたid:minemuracoffeeさんがパソコンを譲る約束をしてくれました。それもなんとVAIO。Let'snoteを使っている間も高くて手が出せなかった代物ですね。これは性能もそれなりに良いながら見た目がとにかくかっこよくて、あんまり親しくない人にまでいいパソコンだと言われたり、フリップの様子を見せて驚かれたりするなどしました。しかしこちらも今年の冬に、深夜大学構内から出る門が閉まっている折に自転車を塀越えさせようとしたらカゴに置いていたトートバッグが落下し足元に落ちていたコンクリートブロックにパソコンの角をぶつけて液晶画面無事死亡という憂き目を見てしまいました。タッチパネル含め、動作自体には特に支障ありませんが、せっかくの見た目が貧乏臭くなってしまいました。そういうわけで今回は迷いながらもAppleCareをつけたわけです。

そんなわけで、満を持して購入したMacBook Pro。これから三年、いや五年は一緒に頑張っていこうな。

九代目:Apple 13インチ MacBook Pro / HighSierra(2018年~)

www.apple.com

NOTA Inc. で生ハム原木会に参加した

Pasta-KくんがAmazonプライムデーのセールで買った生ハム原木をシェアする会をしていたので、ゼミの打ち上げ後に丸太町今出川にあるNota inc.のオフィスにお邪魔しました。

atnd.orgGoogle マップを見ながら建物を探していたら案内が貼ってあって超わかりやすかった。

生ハム原木現場はこんな感じで、オフィスがおしゃれでいい感じでした。

三割くらいははてなやKMCで知ってる人で安心しました。

生ハムを分けてもらったり、ワインを飲んだりして楽しかった記憶がありますが、その前にゼミの飲み会で金麦中ジョッキ6杯くらい飲んでいたのであまりよく覚えていない。

午前零時を過ぎて生ハムもう十分食べたということで原木がお役御免になったので適当に調理する用に買い受けました。

Pasta-Kくんの判断でGyazo Tシャツももらいました。素材がよさそうなのでたまに着たいです。

原木は寸胴鍋に突っ込んだが大きすぎて入りきりませんでした。

佐々木典士『ぼくたちは習慣で、できている。』を読んで生活をオート操縦にしている

佐々木典士典んの『ぼくたちは習慣で、できている。』(ワニマガジン)を読んだ。

ぼくたちは習慣で、できている。

ぼくたちは習慣で、できている。

 

Twitterでphaさんとかが紹介していたので、Amazonで注文したら翌日に届いた。

人間の意志なんてものは感情によって脆くも崩れ去るものなので、生活に取り入れたいと思うものは習慣にして意思決定せずともやる状態にしましょうという本で、第三章ではそのための具体的な方策が文学作品などからの引用とともに50個挙げられている。

意志力あるいはウィルパワーという言葉は以前メンタリストのDaiGoさんとかも書いてて、そこでも「意志力を鍛える」ことと同時に「意志力を節約する」ことが説かれていたっぽい。

自分を操る超集中力

自分を操る超集中力

 

oreno-yuigon.hatenablog.com

『ぼく習』によると、この意志力は感情の浮き沈みによって左右されてしまうので、これを鍛える代わりに習慣にしてしまうことで意志力に任せなくてもいいようにしよう、ということになる。

人々の生活に根付いている習慣については靴下を穿く例とかが挙げられているが、僕の中では学校に行くことや宿題をすることがそれだったなあと思い返される。

少なくとも小中学生くらいまで、僕は学校に行くのが嫌だったんだけど、そんなこと親には言えないとかもあって、「学校に行かない」という選択肢がなかった。つまり、「学校に行くか行かないか」という選択で迷うことがなかった。だから学校に行くことの負担が最小限に抑えられていたのだと思う。ここで母親に「今日は自分の判断で行かなくてもよい」という例外を教えられてたら、逆に行くかどうか迷ってしんどかっただろうなと思う。高校生になってからは行きたくないという気持ちがそもそもなくなり(抑圧され)、気づいてみれば皆勤賞をもらった覚えがある。

宿題をやるのも同じで、僕は幼稚園の頃から公文式に通っていて、基本的に毎日宿題プリントをやっていた。これも毎日やるものだと思っていたので、母親が「今日はやらなくてもよい」と言うことがない限り、嫌々ながらも毎日取り組んでいた。おかげさまで進度は常に三学年先を行っていたし(公文式では「三学年先」というのが一つの到達目標なのである)、ご覧の通り大学にまで来ることができた。

このように、習慣にするとよいことはあって、それによって能力を伸ばせたり、健康を増進できたりする。しかも、習慣それ自体にも効能があって、心を調律してくれたり(以前「ルーティーン」という言葉で流行)、その行為を成し遂げた後に大きな報酬が得られたりする(仕事の後に飲むビールはうまい)。

しかしながら、人間にはどちらかというと悪い習慣の方が多くて、常々これをやめたいなあと我々は思っている。一度寝たら気が済むまで寝てしまうとか、腹いっぱいになるまで食べるとかがそれである。とはいえそれも習慣であることは同じで、原因となっている要素を別のものに置き換えれば悪い習慣を断つこともできる。つまり習慣の原理がわかれば、悪い習慣をやめることにも役立つ。

人間は楽な方へと流れていってしまうので、その流れ着く先をよい習慣にしよう。そのためにトリガーとなる出来事を置いたり時間や場所を決めたりしていると、結果として一日のスケジュールが定まってくる。一続きの習慣として、毎日が組み立てられるようになる。ここまで来ると意志力をすり減らすことなく、自由時間をクリエイティブな活動に使えてめっちゃよさそう。

僕も最近習慣にしていることがいくつかある。一つは朝の早起き。三週間の教育実習のあいだ朝六時半起きをやっていたので、休みの日もその時間に目が覚めるようになってしまった。悪い習慣ではないので、その後もアラームをセットしたままこの時間に起きるようにしたら、夜になると明日朝早く起きないとと思って、明日の予定にかかわらず早めに布団に入るのでよい。ただ六時間程度の睡眠だと足りないみたいで、昼間とかちょっと眠くなってしまうので改善の余地はありそう。

もう一つはボクシングジムに通うことで、こちらは半年近く続いている。最近は週に二回、一時間半から二時間程度で安定してきた。以前ブログに決意表明したこともあり、最初の一、二ヶ月くらいは割と持っていたのだが、年度が変わったり教育実習が入ってきたりして時間が押してきたときに、「今日は行かなくてもいいのではないか」みたいな念が入ってきて危なかった時期もあった。しかし週に一度は行くことにしていたのと、この時にはすでに「帰る頃には気持ちよくなっている」ことがわかっていたので、なんとか続けることができた。最近はメニューや回数、曜日や滞在時間を固定することで意志力の障壁を下げることにも成功している。なによりジムに行くと強制的にアドレナリンが出させられるので体調が良くなるし、あと帰ってきてから飲むプロテインが本当にうまい。目に見える結果も出てきて最高という気持ちになる。

こういう具合に暮らしを設計していくと、余計な意思決定にエネルギーを使わなくて生活がかなり楽になっていく気がしてきた。そういや以前に毎日無印の同じ服を着るエンジニアの人とかがTwitterで話題になってたけどそれも同じことで、『ぼく習』の佐々木さんは自分で作る食事も数メニューで固定されててすごい。自分もどちらかというと単純な繰り返し作業に安寧を感じる側の人間なので、この調子で生活をオート操縦にしていきたい。そうして早く自分自身がルーティーンになりたい。

ぼくたちは習慣で、できている。

ぼくたちは習慣で、できている。

 

『君の名前で僕を呼んで』のテーマは同性愛ではなく少年愛である

出町座で『君の名前で僕を呼んで』を観た。映画の日だったからか劇場は超満員だった。

cmbyn-movie.jp

17歳の少年エリオと24歳の男性オリヴァーとのひと夏の恋を描いた、美しく切ない作品だった。なかでもエリオの父が息子に語りかける終盤のシーンには心打たれた。

さて、ネットの感想などを見ると「ゲイ映画」とか「BL映画」などと評されているが、これは同性愛を描いたクィア映画ではないと思う。私はこの作品のテーマは「少年愛」だと解釈した。

まず、主役の二人が同性愛者だと考えるのには無理がある。エリオはオリヴァーへの恋を募らせる一方で彼女を作ってセックスするし、オリヴァーはエリオと知り合う前から付き合っていた女性と結婚する。クィア理論ではパッシング、すなわち異性のパートナーを持つなどして性的少数者ではない振りをするという戦略が知られているが、先に述べたような彼らの言動にそれが本意に反するというような描写はなされていないように思えた。

では彼らはバイセクシャルなのかというと、それも違うと感じる。彼らがお互いに向ける感情と女性に対する感情とは全く異なるものと察せられた。本作においては主役二人に加えてギリシャ彫刻の男性の肉体美が何度も強調される一方で、曖昧に関係を解消されるエリオの彼女や名前すら与えられないオリヴァーの結婚相手など、登場する女性の扱いは実に粗末なものである。ともすると男尊女卑的な雰囲気さえある。つまり男性への恋と女性との恋愛はそもそも別のものなのだ。バイセクシャルは男女どちらの性別にも同じ性的指向を持つことだと理解しているが、この場合には当てはまらない。

さらにもう一点、エリオとオリヴァーとの関係は全く対等ではない。かたや17歳の少年、かたや24歳の大学院生である。しかもオリヴァーは専門のギリシャ彫刻のみならず、文献学や古今の哲学にまで通じていると来ている。身分だけでなく知識においてもオリヴァーはエリオを圧倒的に上回っている。ただしエリオもまた音楽に熟達しており、興味を示すオリヴァーをからかってみたりもするのだが。ともあれ旧来の異性愛規範に対抗する同性愛が「純粋な関係性」を追求するなら、こうした非対称な関係はそもそも排除されねばならないだろう。

それでは二人の関係性はどのように表現されるべきか。ここで思い起こされるのが、ギリシャ彫刻やヘラクレイトスの断片といった、古代ギリシャないし古代ローマのモチーフだ。これらの時代には、成年男性と少年との間で取りなされる「少年愛」なるものがあったそうである。参照している文献がWikipedia程度しかないのであまり詳しくは述べられないが、少なくともそれが①年長男性と思春期前後の少年との間に、②肉体的・精神的な鍛錬といった教育を名分として、③ふつう性行為を伴う関係だった、ということは言ってよいと思う。さらにその関係は崇高なものであって、家族制度として子を儲けるために「しかたなく」取り結ぶ女性との性関係は逆に低く見られていたとのことだ。だからエリオやオリヴァーがパートナーとの性関係をも享受することは、矛盾するどころか至極まっとうな選択であったと言える。

ということで、彼らの関係は「少年愛」におけるそれであり、また監督や原作者もそのように想定したのではないかと想像する。しかし本作の二人にはそこにもうひとひねりが加えられている。それがユダヤ教キリスト教でもいいが)の同性愛禁忌という要素なのである。作中に何度も登場するアプリコットが、アダムとイブが口にしたリンゴの同性愛(ひいては少年愛)における表現であることは火を見るより明らかだ。このようにして彼らの恋から来る苦悩は互いへの性的欲求と社会規範との葛藤というかたちで表現されるが、これは古代ギリシャ-ローマ的価値観とユダヤキリスト教的価値観との衝突とも取ることができるのではないか?その代理戦争は前者の一時的優勢ののちに後者が最終的に勝利を収めることになるのだが、それでも元々あった土壌には毎年「罪の果実」が成り続けることだろう。

このようにして、『君の名前で僕を呼んで』を「少年愛」という観点から鑑賞することを私は提案したい。同性同士の恋愛がテーマだからとこの映画を「クィア映画」とか「LGBT映画」の枠に放り込んでしまうと、この作品の歴史的正統性という文脈を見落としてしまうと思う。