2019年に聴いて良かった K-HIPHOP / R&B アルバム7選+α

あけましておめでとうとざいますシロイです。2019年のうちに書けばよかったネタがいくつかあるので放流していきます。

昨年は自分が聴きたい音楽が韓国のヒップホップやR&Bであることを自覚したので、移動中や仕事している時間を中心にいろいろな楽曲を聞くことができました。その中でも気に入ったものはずっと聴いていて、自分の場合はそれがアルバム単位であることが多いです。

そこで2019年特によく聴いていたアーティストのアルバムを紹介します。この中には日本語圏での情報がほとんどないレアものもあります。

 

7. Enchanted Propagannda / Jvcki Wai (2018)

ジャンル:HIPHOP

韓国のフィーメールラッパー、ジャッキー・ワイ(자키와이)の一番新しいアルバムです。最初に聴いたのはGIRIBOYプロデュースのDDING(띵)で、最初子供か何かが歌ってるのかと思ってアーティスト名で調べたら完全に好きな顔で卒倒しました。

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声が特徴的なんでコラボしているのがちょうど良くて、このアルバムは全部彼女が歌っているんですが、さすがにちょっと聴いていてしんどいところはあります。『Exposure』とかSoundCloudに上がってるもう少し前の曲聴いてみるとそれほどクセ強くもなかったんで、ラッパーとして生き残るための戦略だったのかなあと思います。

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日本への進出はLuteプロデュース、PARKGOLF作曲の「xaradise」ででしたが、ルーテ倒産しちゃいましたね…。とても残念。

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6. Coming To You Live / DPR LIVE (2017)

ジャンル:HIPHOP

DPR LIVEの一番最近のアルバムです。DPRというグループがはじめにあって、DPR LIVEはそのうちの一人という立ち位置らしいです。「Martini Blue」とかは聴いたことある人もいるんじゃないでしょうか。

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ここ数年のキーワードで「メロウ」というものがありますが、DPR LIVEはそのメロウを代表するアーティストだと思います。僕はこの「Jasmine」とか特に好きですね。

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歌詞も切ないものが多いですね。切ないと言ってもbacknumberやOfficial髭男dismみたいな「モテない男」のキモい切なさじゃなくて、「モテる男」のサラッとした切なさなんですよね。女には困ってないけど、君のことは特別(であってほしい)、みたいな。

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新しい気がするけど、このアルバムももう3年前。最近は目立った活動がないので寂しいですね。

 

5. boy. / offonoff

この流れからだと紹介しなきゃいけない(?)のはオフオンオフ(오프온오프)です。韓国のSoundCloud世代アーティストたちは近年のローファイ・ヒップホップ(Lo-Fi Hiphop)ムーブメントに日本以上に鋭敏に反応したのですが、その中でも代表的なものとしてYouTubeのコンピレーションなどで取り上げられることの多いアーティストだと思います。

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僕も最初に聴いた「Photograph」のメロウな印象が忘れられません。

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これを勤務中とか落ち着きたい時に聞くとくつろげて良いのですが、DJとしてかけるにはあまりにチルすぎなんですよね…。一度精神が終わっていた時にこの辺の曲をかけて大スベりしたことがあります。

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4. ROOM SERVICE / GroovyRoom, Leellamarz (2019)

ジャンル:HIPHOPR&B

リラマーズ(릴라말즈)は高学歴が多い韓国ラッパーの中でも際立った経歴の持ち主。バイオリニストとして幼少時から英才教育を受け、欧米各国で数々のコンクールを受賞していたのが、何を思ったかラッパーの登竜門『SHOW ME THE MONEY』第5期に出演し、その実力を認められます。その後、アメリカの音大を卒業したのを期に、2018年ごろから活発な音楽活動を始めたようです。

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ラッパーになって垢抜けたのか、曲もすかしたものが多いですね。

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本名のキム・ミンギョム(김민겸)で検索すると少年時代にコンクールに出た写真とか出てくる。このエリート少年が、

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こんな風に「グレて」しまうというのは面白いですね。

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3. THE OCEAN / Leebada (2019)

ジャンル:R&B

イ・バダ(이바다)も2018年ごろから活動を始め、昨年ごろからMVなどが出てくるようになりました。韓国の女性アーティストは圧倒的に顔が良いですね。

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メロウでダークな曲調に、彼女のハスキーボイスがよくマッチしています。

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彼女の名前(李バダ;This Ocean)にちなんで、アルバムの名前も海に関するものになっています。歌詞にもしばしば掛詞として登場していますね。

 

2. ZZZ / Zion.T (2018)

ジャンル:R&B

韓国のR&Bを語るにあたってはZion.Tという巨人の名前を欠かすことはできないでしょう。2013年に発表された『Red Light』の影響は絶大で、ラップと歌唱を組み合わせる、そのうち前者は男性ラッパーで後者は女性シンガー、といった韓国テン年代の音楽の方向性を決定づけたとも言われています。

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マジで楽曲のセンスがいいですね。声の使い方もとても上手いです。

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『Red Light』についてはいずれまとまった文章を書くとして、やはり2018年ごろから再び楽曲を盛んにリリースしています。『ZZZ』はそれらをまとめたもののようです。特に2曲目の「Hello Tutorial」(멋지게 인사하는 법「素敵にあいさつする方法」)はRed Velvetのスルギ(슬기)とのデュエットなのですが、YouTubeに公開されているムービーが可愛すぎて悶絶しちゃうので是非見てほしい。

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+α. BALLADS 1 / Joji

韓国ラッパーではないですが、アジア人枠ということで特別に紹介。ジョージ(Joji)はそのローマ字読みの名前が示す通り、日系オーストラリア人のアーティスト。2018年にデビューアルバム『BALLADS 1』をひっさげて彗星のごとく現れ、たちまち米ビルボードのアルバムチャート「Billboard200」で初登場2位、R&B/ヒップホップカテゴリでは1位という、アジア人としては防弾少年団以来の快挙を成し遂げました。

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ジャンルは大きな括りではR&Bになるようですが、ローファイを強く指向していることがわかります。曲調はダークでメランコリック、YouTubeでのコメント欄には「DEPRESSION」といった抑鬱気味の(しかし視聴をやめられない)反響が多く見られます。自分が最初に聴いたのは「SLOW DANCING IN THE DARK」だったのですが、このMVのインパクトたるや強烈なものでした。

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しかしこのジョージなる男、実は別の顔があって、それはフィルシー・フランク(Filthy Frank)またの名をピンク・ガイ(Pink Guy)という、登録者数1000万人以上、総再生数は20億を超えるYouTubeコメディアンなのです。Twitterで「セックス大好き」がバズった時からセンスを感じていましたが、まさかこれほどのスター歌手になるとは…驚きです。

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1. HALO / pH-1 (2019)

ジャンル:HIPHOP

そして最後の一枚。これはもう間違いない、pH-1の「HALO」でしょう。2018年の「Show Me The Money 777」で一躍ラッパー界のスターダムに上りつめ、優勝こそできなかったもののラッパーとしての実力を改めて見せつけました。「朱黄色(주황색)」はその時の曲です。 

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「改めて」と書いたのは、ジェイ・パーク(박재범)らとのコラボレーションを通して彼の名前はすでに知られていたからです。「iffy」は2017年の曲ですが、一時はYouTubeのリコメンドでめちゃくちゃ流れてくる状態になっていました。

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Spotifyにも例によってレコメンドされていたのですが、当初はなんか顔が好きになれなくて(?)積極的に聴いていなかったんです。ところが昨年リリースされた「HALO」を聴いてみると、これがアルバムとして非常によくできている。曲一つ一つとっても構成にメリハリが聴いており、かつスムーズで耳あたりが良い。

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韓国のアーティストには珍しくないことですが、彼もやはりアメリカでの滞在歴が長く、12歳の時に移住してからボストン大学修士(生物学)まで修めています。それゆえ彼の英語ラップと音楽センスはお墨付きというわけです。

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先にDPR LIVEについて書いたように、彼の書く歌詞も「モテる男」のそれです。いわゆるイケメンではないけど圧倒的にオシャレなんですね。調べてみるとこんな記事もあるし、やっぱりセンスがいいとモテるんでしょう。自分もこんな風になりたいですね。

odairi.com

彼もやはりSoundCloudで初期のキャリアを形成しています。この世代の活躍には目を見張るものがあります。

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この記事を書いた人

最後に自分のことについて簡単にご紹介。Silloi(シロイ)、あるいはDJネームSil5(シロ)は、主に韓国のヒップホップやR&Bを中心に、数ヶ月に1回くらいDJとして活動しています。最近は先月27日に秋葉原で催された、弊社チームラボの忘年会で回しました。直近だと2月29日に渋谷のWhite Space LabでDJやります。もし興味を持ったらお声がけください、よろしくお願いいたします。

2019年12月 出費振り返り

2019年最後の年の出費です。

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内訳

食費 53,451円

このうち25,000円はふるさと納税なので、実質3万円切ってて意外と安上がりになった。

交際費 43,308円

これも金沢旅行の分を含んでいることを考えると割安。

健康増進費 4,950円

ボルダリング行った分です。

交通費 29,770円

新幹線代と金沢旅行の分が含まれている。

住居費 59,800円

共益費が高い。

書籍代 5,750円

これはミスってて最後に買ったPythonファイナンスの本が1000円低く入力されてました。

備品消耗品費 6,139円

なんか買ってたっぽい。

医療費  12,557円

薬代と散髪代とコンタクトレンズ代。

雑費 2,049円

消えたポイント分。

雑損 10,311円

クレカの精算で生じたもの。

総括

年末にしては意外と抑えられたと思います。

来年も頑張りましょう。

ヒゲ脱毛 3回目後

ヒゲ脱毛3回目を12月5日に受けたました。その途中経過です。

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正面です。ヒゲを最後に剃ってから3日目です。先日忘年会に行ったら「肌きれいになった?」と言われました。

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下から見た図です。稜が根深いらしくて再び生えてきています。

次回は1月10日です。

《ちいさめ借家怪獣アパートン》における固有名の機能、あるいはテセウスのパラドックスについて

北千住BUoYにて上演された、かまどキッチン《ちいさめ借家怪獣アパートン》(児玉健吾)を観劇してきた。

切り口はいくつもあると思うが、自分は生まれ変わったキャラクターをめぐるやりとりにふと「ヘラクレイトスの川」という寓話を思い出した。

我々はある川を指してそれが何々川であると言うが、しかし川に流れる水そのものは常に移り変わっている。すなわちそれは要素としては常に同じものでないにもかかわらず、どうして同じ川だと言うことができるのか。あるいはそれが可能だとして、どこまでが同じ川でどこからが違う川なのか、というのがそれである。こうした問題は船の材木における同様の議論の名を取って「テセウスパラドックス」と呼ばれる。

ja.wikipedia.org

逆に言うとこのような固有名が、いわば川の流れに対する錨となって、その建物の同一性を繋ぎ留めているとも言える。ただし演技の上では両者は同一の役者に演じられることによって、そのような固有性が担保されている。たとえば「町山」と呼ばれる中華料理店は、「ジャスコ町山店」となった後もその名を留めることによって、引き続き彼との連続線上にあるものとして他の登場人物たちに受け入れられることになる。

ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)

ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)

 

 なおこの観点からすれば、「ジャスコ町山店」となった「町山」はかろうじてその同一性を保持しているが、「タワーさん」となった「灯台さん」はもはやアイデンティティを喪失していることになる。実際、「町山」は「ジャスコ町山店」となった後も適応した生活を送っていたのに対し、「タワーさん」は次第に精神薄弱となっていき、終幕直前にはほとんど自我喪失の状態に陥っていたが、そのことは固有名に起因するアイデンティティ拡散の事態をよく示している*1

拡散diffusion―アイデンティティをめぐり、僕たちは今

拡散diffusion―アイデンティティをめぐり、僕たちは今

 

 ここに本作品のトリックタワーである「ねこさん」の特異な役割がある。というのも他の登場人物とは異なり、「ねこ」はあくまでその場しのぎで捏造された、結局のところ自分から言い出した名前にすぎなかった*2

それが終幕直前のクライマックスにおいて「フーイドン」という名前が明かされる、あるいはその瞬間にはじめて固有名が与えられる。周知の通り「ドン」はそれが怪獣の一種であることを示す名前であるから*3、ここにおいて彼女もまた怪獣のほかにはありえないことが確定的となる。

固有名

固有名

 

ここに、成人していずれ王の実父を殺すだろうという宣託を受け生まれてきたオイディプスが、巡り巡って予言通りに父親を殺してしまうのに等しいカタルシスがあったと思う。つまり風を起こして街を盛り上げようとする彼女は、その意志に反して(あるいは自ら抱いた疑念の通りにやはり)怪獣であったというわけだ。

オイディプス王 (古典新訳文庫)

オイディプス王 (古典新訳文庫)

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しかし名付けが時に無邪気な暴力であったように、彼女は何らかの思惑があって自らの暮らしを破壊しようとしたのではなかった。だいいち彼女がやってきた時点で街はすでに破壊されていたのであり、彼女が名もなき怪獣から生まれてきたことに必然性がなかったのと同様に、彼女が怪獣として振る舞(ってしま)うことにはやはり理由がない。結局彼女は街を出ることになるが、この固有名という根源的暴力のために(それが暴かれる可能性=アイデンティティが存する限りにおいて)、彼女が旅先でもやはり同様の“破壊”を起こしてしまうだろうことを我々は察している——より個人的には、私や児玉が自らのシェアハウス暮らしを通じて、そこが彼女のような「トリックスター」を住人として時に迎え入れては送り出していく場であることを経験的に「知っている」。

元型論

元型論

 

これに対し、開幕当初より周囲から「アパートメントさん」と呼ばれていながら、クライマックスにおいてやはり怪獣の名を持つことが明かされる「アパートン」の立ち位置は微妙である。ここには児玉がシェアハウス暮らしを出発点としたことによる、自己定義の不可能性という困難さがあったものと想像する。つまるところ主体は主体それ自身を見ることはできず、自己を映し出す「鏡」を必要とする。その実験的試みが、微視的には自身がキャラクターの作演出を務める《閉じられた》芝居であり、巨視的には自らがその中に住まうシェアハウスという《開かれた》舞台装置なのではないか。

www.kamado-kitchen.com

*1:ところで「○○さん」といった呼び方に、自分は《けものフレンズ》におけるそれを想起した。そこでも動物の種という一般的カテゴリを代表するキャラクターに、「サーバルちゃん」といった固有名が与えられるのであった。

*2:「仮名と真名」という問題系については、「コナン君」と「工藤新一」におけるそれを想像すると非常に理解しやすいだろう。そもそも「江戸川コナン」という名前は、彼が名前を問われた拍子にその場にあった本棚の二冊の推理小説から作者の名前を組み合わせて作ったものだった。

*3:正確には、恐竜を示すラテン語の接尾辞「-odon」。

簿記3級に合格したので仕訳人になった

11月17日に東京電機大学で受けた簿記3級検定試験に合格してました。

僕の勉強法は基本的に本を読むことなので問題を解いた量が少なくて試験日数週間前はやばいなーと思ってました。

当日はちゃんと書けた気はしたものの、それまで演習問題解いてる間計算ミスが多かったので怖くて解答速報ちゃんと見てませんでした。

合格発表日の朝に見たら問1問2が満点っぽかったんで、これは意外といけるかも、と思いつつ蓋を開けてみたら81点もありました。残りの問題も41/70点取れてたということですね。

 

ということで年明けのFP3級に向けて頑張るぞ。

 

Google Spreadsheetsで家計簿を作った

このエントリは Spreadsheets/Excel Advent Calendar 2019 3日目の記事です。

adventar.org

2日目はミネムラコーヒー先生(id:minemuracoffee)の新作「クラスの美少女の彼氏がExcelでした」第2話でした。

kakuyomu.jpちなみに去年はこんなエントリを書いていました。

silloi.hatenablog.com

さて私 id:silloi は4月より晴れて社会人となり、以来新しい家計簿の創作にいそしんでいたのですが、半年たった10月にとうとうver1.0が完成しました。

それが次のシートです。

docs.google.com

使い方は、行 3 に勘定科目を並べ、 C 列から順に使った金額、お金の出所、お金の行先を選んでいくだけです。行 6 に前月残高を入力しておくと、月末にはいい感じに収支および資産や負債の残高が算出されています。

スプレッドシートなのでグラフも簡単に出せます。

silloi.hatenablog.com

silloi.hatenablog.com

詳しい仕組みは後日書きます。

コピーしてお使いください。

docs.google.com

ちなみに先日簿記3級を受けました。合格だといいですね。

明日もたぶんミネムラコーヒー先生ですなんと救世主が現れました。ことりちゅん(id:Kotori-ChunChun)さんの「神Excelの罫線作図支援ツールを開発する part1」です。どうぞご覧ください。

www.excel-chunchun.com

感情会計学各論

このエントリは「サークルクラッシュ同好会 Advent Calendar 2019」二日目の記事です。

adventar.org

一日目は桐生あんず(@anzu_mmm)による「好奇心を持ち続けながら生きること」でした。

kiryuanzu.hatenablog.com

感情と勘定

簿記会計の知識技能は、感情のマネジメントにも役立つ。すなわち、日々の取引を勘定科目として仕訳し、それらを綜合して経営に役立てるという考え方は、個人的および社会的生活において生じる感情を監視・統制するのにも有用である。とりわけ、どのような感情のために我々は喜んでお金を支払うのか、分析するのに大いに役立つ。こうした「感情と勘定」という発想を、会計の方法にもう少し近づけて考えてみたい。

以下、「感情会計(Mental Accounting)」の名のもとに、簿記会計の用語概念をかなり恣意的に用いるが、なにぶん簿記三級レベルの内容を学び始めたばかりのズブの素人なので、経理や会計の専門家はもとより学部生からしても失笑ものの文章であることをご容赦いただきつつ、可能であれば用語の誤りについてご指摘をいただきたい。 

ストックとフロー

我々が「感情」と言うとき、その種類は二つに分けられる。一つは「感情的になる」と言うときの一時的な感情であり、もう一つは「自尊感情」と言うときの持続的な感情である。

会計用語を用いると、これらはそれぞれ「フロー」と「ストック」と表現することができる*1。すなわち一方の感情は現れ出ては過ぎ去るが、他方の感情は主体において増減すると考えられる。両者は心理学などの領域においても命名区別されているが(たとえば前者を「エモーション」、後者を「メンタリティ」と呼ぶこともできる)、「キャッシュ・フロー」という会計学の用語にならい、ここでは前者を「メンタル・フロー」と呼ぶことにする。

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 一日における感情の収支を考えたとき、ポジティブな感情(感情利益と呼ぶ)がネガティブな感情(感情損失と呼ぶ)を上回ることがあれば、その逆の場合もある。ポジティブな感情がネガティブな感情を上回ったとき、その感情の剰余は繰越利益として後のために積み立てることができると考えよう。逆にネガティブな感情がポジティブな感情を上回ったとき、その感情の剰余は繰越損失として過去の積立分から取り崩すことになる。 つまりこうしたメンタル・フローの剰余分が、ストックとしての感情に蓄積されるものと想定する。

感情資本

このようなストックとしての感情の一つは、文化資本とか社会関係資本とかいった概念に近い。すなわち最初から資本という形で与えられていて、そこから経営状況によって増資したり減資したりする。そこでこうした感情を感情資本と呼ぶことにする*2。感情資本はメンタル・フローが上向き、すなわち利益が損失を上回る時には繰越利益として積み立てたり、逆に下向きの時には繰越損失として取り崩すことができる。

孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生

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文化資本や一部の社会関係資本がそうであるように、感情資本も生まれた時から社会階層や家庭環境によってある程度その額が決まる。しかし企業が成長すれば増資するように、人間も順調に成長すればその感情資本を積み立てていく。しかし不相応に大きくなった会社が最終的には原資を取り崩さねばならなくなるように、感情のやり繰りに行き詰まった人間も感情資本の減資を余儀なくされる。しばしば我々は中学高校を出た後、ある種の趣味思想への耽溺や薬物の濫用などにより感情面でかえって貧困になってしまった人を見ることができるが、これは教育を通して積み立てられてきた感情資本を取り崩してしまった結果と見なすことができる。

感情資産

こうした損得勘定とは別に、我々は日常生活においてふつう自分の感情とうまく付き合っている。つまり感情という経常収支において人間は、感情に関する収入と支出が釣り合うよう暮らしている。簿記では貸借平均の原理に基づいて勘定を仕訳するが、これを感情の財政(finance)についても適用することができるだろう。すなわちストックとしての感情においても、資産と負債というの概念を導入する。

先に述べたように、自尊感情は感情資産と考えることができる。たとえば自尊感情が大きい人は、ある程度の感情的負荷を伴うタスクにも取り組むことができるし、そうして減った分はその他のやりとりを通じて再び回復することができる。成功体験や社会的紐帯などについても、これと同じ考え方ができるだろう。ただし「自尊感情が高い」とは書かなかったように、これが少ないこと、つまり「自尊感情が低い」ことはそれがマイナスであることを意味しない。感情資産がマイナスとなる時には「借越」という概念を導入し、それを負債に振り替えると見なす——そしてこの感情負債こそが本稿の急所である。

感情負債

資産運用について述べた書籍の世界的ベストセラーに『金持ち父さん 貧乏父さん』がある。その中で提唱されているテーゼの一つが、「金持ちは資産を買うために正しくお金を使うのに対し、貧乏人は資産だと信じて負債を買ってしまう」というものである。金持ちが正しく買った資産はそれ自体が利益を生み出すのに対し、貧乏人が社会的通念から良いものと思い込まされて買ってしまう資産にはしばしば高い税が課せられ、そのうえローンという形で一緒に組まされる負債からはその額に応じた利子が発生する。これらの費用が支出となって収入を相殺し続ける限り、貧乏人はそこから抜け出すだけの資金を確保することができない。なお、そのような資産と信じられている財として、住宅(マイホーム)や自動車などが挙げられている。

改訂版 金持ち父さん 貧乏父さん:アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学 (単行本)

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起業にはふつう融資を必要とするように、我々は生まれながらにして感情にまつわる負債を抱えている。そのうち最も大きなものは親に対するそれであり、これらの負債はしばしば一生をかけても返済することができないので、我々は死ぬまでその利子を払い続けることになる。ただし精神的・経済的自立によって、このうちの多くの勘定科目については完済することができる。

環境要因によって後天的に得られた自卑感情、トラウマなども感情負債である。たとえば人間はしばしば不相応に高い社会的地位という資産を手にするが、その際に劣等感という感情負債を抱え込み、それは社交上においても私生活においても感情面におけるツケを生み出す。

人間関係も社会的拘束という面においては感情負債であり、これを繋ぎ止めるためには感情的あるいは金銭的費用(=コスト)を支払わねばならない。それは小売店や飲食店が人件費や固定資産税などの固定費の大きさから、利潤を拡大しようとしてしばしば薄利多売型のチェーン展開をすることに相似である。

ケーススタディ:大学生のエモーション・フロー

大学入学から社会人になるまでの一つの「勝ち確」パターンは、親からの拘束の度合いを下げつつ(負債の返済)、多くの人々との交際をとり結ぶこと(資産の獲得)だと私は考えている。しかし残念ながら私の周囲でしばしば見受けられたのは、親からの負債超過に苦しみ、結果として資産としての人間関係を維持することもできず、最悪の場合には肉体・精神的に問題をきたして実家に強制送還されるというパターンであった。

こうした「負債超過の末に原資を減らし、最終的に破綻」というコースを歩まなかった人々でも、大方は先に挙げたような「貧乏人」であった。すなわち、人間関係、性的対照、趣味嗜好、主義思想、などに対して、彼らは惜しげもなく対価を支払う*3。しかも彼らの主張といったら、そうした体験においてこそ「本当の自分」があるのであり、それ自体は金銭的価値によって測ることができない、というものなのである。しかし感情会計学の観点からすれば、彼らは自身が抱えている負債の利子を毎度支払わされているのであり、しかもそれが負債であるということを彼らは認識していないのだ。結果として彼らは、自身がなぜそうした体験を求めるよう仕向けられているのか、その原因を特定することなく、いたずらに費用を垂れ流し続けることになる。

こうした負債には債権者がおらず、したがってその負債もまた幻想であると直観したあなたは正しい。実際、このような負債こそは資本主義社会が生み出す「欲望」であり、我々はそれに対する「疾しさ」という債務から、その「充足」を目指して対価を支払う。しかしそれは「欲望」という負債から生ずる利子であって負債の返済ではないために、人々は決して返済されることのない負債に対してただひたすらに費用を支払い続けることになる。

感情戦略

このような感情負債に対処するためには、いくつかの戦略が考えられる。

一つはこの種の負債の振替、すなわち「欲望」を別の好ましい「欲望」に読み替えることである。より利子の少ない、すなわちより感情的コストの小さい「欲望」があり、かつそれらが機能的に等価であれば、そちらに感情負債を振り替えた方が費用は安くつく。たとえばバンドマンの追っかけをするにしても、過激なバンドのファンより穏健なバンドのファンでいる方が、その感情的影響はより「マイルド」である。

いま一つは欲望そのものを無効化するというもので、具体的には資本主義というゲームから足を洗うことである。その最たるものは仏教以来説かれている「煩悩」を滅却するというものだが、歴史を見てもわかるとおりこの道のりは非常に困難だ。結局それは大方の場合、先に述べたような定常的ツケ払いへと落ち着く。

おそらく最適な戦略は、債権者のない人々の「欲望」の債務者となること、すなわち「欲求」対象としての主体性を取り戻していくというものである。具体的には、感情負債を特定してこれを返済しつつ、人々との紐帯や自尊感情といった感情資産を高めていくことで、メンタル・フローを正常化していくことである。ただしその過程では負債を負債で返すとか、他者の債券を買うといったように、「欲望」の再生産に与することは避けられない。実際この社会が資本主義のルールに則っている以上、資本主義を利用することこそが最大の効果を上げる方法である。

ここに、資本主義のゲームに乗っかった者こそが資本主義のゲームから“あがる”ことができる、というパラドックスを認めることができる。逆に最も悲惨なのは、資本主義を受け入れないという主義主張に固執し、そのため資本主義の仕組みをついに知ることがなく、しかし実際には資本主義による「欲望」を断ち切ることができないために、それにより生じるツケを一生払わされ続ける者であろう。

おわりに

<!-- ここに自分語りが入ることが期待される -->

*1:現在この用語は経済用語ないしビジネス用語ということになっているが、本来は化学プロセス工学、すなわち化学工場におけるプロセスを構築するための概念であったと私自身は考えている。

*2:なおここで社会関係資本(social capital)における資本(capital)とは、五勘定における資本あるいは純資産(equity)の小分類であり、必ずしもこうした簿記会計を想定したものではない。

*3:この内実を一々詳かに挙げれば、ことごとく読者の怒りを買うことは必至だから、そんなことは私はしない。