鏡を見ることの効用

疲れたとき、雑念で思考がまとまらないとき、鏡で自分の顔を見るようにしている。自分の顔を見ると、自我の統一が得られて安心するような気がしている。
先日、人の面前で強い顔面のかゆみが起こり、自分の顔が炎症でひどくただれているという想念に襲われた。狼狽して鏡を見に行くと、私の顔はそれほどひどいことにはなっていないと分かって安心した。自身の容貌に対する一時的な認知の歪みが、鏡に映る実際の姿を見ることで是正されたのである。
この例では鏡で自分の顔を見ることの目的と結果が一致しているが、鏡で自分の顔を見ることが一般にストレス解消になるという研究については以前に聞いたことがあった。幸いなことに私の顔はそれなりに整っているので、ストレスを感じずに長いあいだ眺めていられる。そうでなくても、人間は自分の顔というゲシュタルトを通じて統一感を取り戻すことができるようだ。統一した自己像を持続的に有しているのが人間の特徴であり、この自己像がくずれた状態がいわゆる統合失調症である。
自分の顔を見ることが自我のイメージを取り戻すことに役立つのと同様に、親しい人の顔を見ることもまた心の安定につながっていることは誰もが認めるところだろう。家族であれパートナーであれ、愛する人と毎日顔を合わせることが心理的安心をもたらすのは、それによって生ずるコミュニケーションへの期待からだけではなく、単純に調和のとれた視覚的効果によるところもありそうだ。
それができないうちは、鏡で自分の顔を見ることでもある程度用が足せるのではないかと思う。単純なトリックだが、意外と効果があるかもしれない。神経科学者のラマチャンドラン博士は、脳卒中の後遺症である半身麻痺のリハビリに、鏡を使った簡単な仕掛けが使えることを発見した。
それと同じようにして、私も鏡を見る自分の中にもう片方の自分を発見する。あなたが鏡を通して見る顔を、誰かが同じように見つめるだろう。その誰かがあなたの顔を見つめて安心するように、あなたもあなた自身の顔を見て安心することができる――あなたがその誰かのことを、あなた自身のように感じる限りにおいて。